【GAZE Vol.1】透明な狂気、あるいは静寂な熱。
2026.01.26| Cover Story
女優・村上穂乃佳が「自分」を消してまで見たい景色
「耐え難いのは、何にでも耐えられるということだ」
かつて彼女は、ある映画の中で出会ったその言葉に打ちのめされ、そして救われたという。
村上穂乃佳。
スクリーンの中に佇む彼女は、いつも透明だ。
『みとりし』で見せた命への敬意、『誰かの花』で見せたやるせない葛藤。
彼女が演じる役は、激しく叫んだり暴れたりするわけではない。けれど、その沈黙の奥には、触れれば火傷しそうなほどの「熱」が常に渦巻いている。
2026年、新しい年の始まり。
美しくも芯のある着物姿で現れた彼女に、私たちは問いかけた。
その透明な狂気は、どこから来るのか。
そして今、彼女の視線(GAZE)は何を見つめているのか。
Phase 1:オカン精神と「自然体」
カメラの前で見せる厳格なまでの集中力とは裏腹に、素顔の彼女は驚くほど軽やかだ。
自身の現在地を問うと、彼女は少し茶目っ気のある笑顔でこう答えた。
「一言で表すなら……”自然体”ですかね」
「女優という役割から離れたとき、いちばん大切にしたいのは無理をしないことなので。
頑張り続けることで前に進めた時期もありましたが、無理を重ねるほど、自分の本音が分からなくなっていくな〜って。その違和感があれば無視したくないんです。
そうやって自然体な自分でいられたら、結果的に人とも仕事とも、いちばん誠実に向き合える気がします!」
30代に入り、「自分を許せるようになってきた」と語る彼女。
周囲の評価よりも、自分の感覚を信じること。その変化が、今の彼女の芝居に独特の「余白」を生んでいるのかもしれない。
その「余白」は、彼女のユニークな役作りにも通じている。
重厚な作品や、業の深い役柄を演じるとき、どうやってメンタルを保っているのか。役が私生活を侵食することはないのか。
そんな問いに対し、彼女から返ってきたのは意外な言葉だった。
「よそはよそ、うちはうち。オカン精神です(笑)」
「『この役を演じる上で、自分だったら...』という感情の持ち込みは禁止にしています。その逆も。
役と自分の境界を意識的に保って、役に必要なものだけを選べる状態にすることを心がけてます」
憑依型に見えて、実は極めて冷静な「編集者」のような視点。
この客観性こそが、彼女の演技が独りよがりにならず、常に作品の一部として機能し続ける理由なのだろう。
Phase 2:耐え難さを抱きしめて
だが、その強さは最初から持ち合わせていたものではない。
彼女のキャリアにおける最大の転機。それは、「辞めようと思った日」に訪れた。
高校生で現場に入り、未熟さゆえの苦悩や恐怖を味わい尽くした二十歳の頃。
彼女を追い詰めたのは、好きな映画の中の言葉だった。
『耐え難いのは、何にでも耐えられるということだ』
「とても救いようのない残酷な言葉だと思ってました」
限界を感じ、この仕事を辞めようと決意した彼女は、最後に自分が出演した作品を一気見したという。
そこで彼女が見たものは、スクリーンの中で生きる「自分であって自分ではない誰か」の姿だった。
「これまで演じてきた役を通して自分を見つめ直した時、演じることは、そうした“耐え難さ”も抱えたままでいいのだと初めて思えたんです。
同時に、観てくれる人へ物語を届けることができていたのかもしれないと感じました。
それが一つのかたちに昇華された感覚で、こんなにも唯一無二な仕事をさせてもらっていたのだと気づけたことが、演じ続けたいと決めた大きな理由です」
残酷な言葉が、希望へと反転した瞬間。
彼女の演技に漂う、ある種の「諦念」と「祈り」が同居したような深みは、この原体験から来ているのかもしれない。
Phase 3:世界へ、そして日常へ
現在、彼女の視線は海を越え始めている。
最新作『道草キッチン』では、ベトナム・ダナンアジア映画祭に参加。ワールドプレミア上映という大舞台を踏んだ。
「ダナンの繁華街も日本では味わえない活気でとても新鮮でした!
上映後、観てくださったベトナムの方が感想をとても丁寧に時間をかけて伝えてくださったんです。
直接現地に足を運んだからこそ受け取れた言葉でしたし、こうして映画を通して繋がれたことが本当に嬉しかったです」
韓国ドラマ『チャングムの誓い』をきっかけに始めた語学学習も、日韓合作映画『神社』への参加で実を結んだ。
「着るもので身体の意識が変わるのが面白い」と語る茶道や着付けへの探求心も含め、彼女のインプットは常に身体的で、実践的だ。
Phase 4:2026年のGAZE
最後に聞いた。
今、村上穂乃佳が見つめている景色は何ですか?
彼女の答えは、壮大な夢物語ではなく、足元の「幸福」を見つめるものだった。
「朝起きて、朝日がまぶしいなと感じたり、少し外を歩きたいな、今日は何を食べようかな、友達は何をしているだろう、と考える」
刺激的な撮影現場、異国の映画祭、極限の感情表現。
そうした非日常を行き来する彼女だからこそ、「何でもなさ」の価値を知っている。
「刺激的な景色に囲まれる仕事だからこそ、強さに慣れずに、何でもなさを手放さないでいたいです。
その中で、役が自分の限界を越えてくるような芝居体験をしたいです」
芝居ファースト。
どんな状況でも、目先の感情に囚われず、「この芝居をどうすればより良くできるか」だけを考える余白を持つこと。
2026年。
村上穂乃佳は、軽やかに、しかし確かな足取りで歩き出す。
「自分を許せた自分」でどこまで行けるのか。
その視線の先にある景色を、私たちも追いかけ続けたいと思う。
村上 穂乃佳(Honoka Murakami)
愛媛県出身。映画『みとりし』『誰かの花』など話題作に出演。最新作『道草キッチン』が公開中。日韓合作映画『神社 悪魔のささやき』(2026年2月6日公開)への出演など、国際的な活動も広げている。
『神社 悪魔のささやき』2026年2月6日(金)
公開公式サイト:https://klockworx-asia.com/jinja/
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